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| 昔々、とんと昔。お偉い方から民に来る日の為にお触れを出されたと。 「我々を表するものを考えてきた者には望むものを一つ叶える」 お侍さんに限らず、商人から農民、子供まで誰でもよかったそうな。お触れを見た者たちはこぞってうんうん唸り始めた。
これには農民の喜兵衛も飛びついた。生来怠け者の喜兵衛。鍬など三回振って一回休み。かかしを直してくると言っては寄りかかって寝息を立てる、今日は自主休業だと言っては賭け事に出かけ。村の人たちは、 「ぐうたら喜兵衛、寝んぼ喜兵衛。」 とはやし立てたと。 そんな喜兵衛じゃ。 「田んぼ仕事なんてやってたら思いつかない。おいらはお侍さんにしてもらうんじゃ」 働き者の女房を置いてなけなしの銭を掴んで、一人飛び出してしまったそうな。
喜兵衛はそりゃあ喜んだ。重い力仕事もなくなって、好きなところへ遊びに行けるからの。団子屋の軒でおなかがぱんぱんになるまで食べよる、とっくりを何本も空け、博打にも手を出して、ほんにやりたい放題。なんでも好きなようにできて、これがおいらの道じゃなんて、思っとった。
ところがね、肝心の象徴は、とんとできなかった。そりゃそうじゃ。遊びたいだけ遊んで他のことなどちいとも考えなかったからの。いよいよ袋の中身がすっからかんになって喜兵衛は慌てた。こりゃお侍さんになる前に干上がってしまう。食い逃げやお賽銭泥棒までして、うまくいった時はいいけども、見つかったら頭がこんなになるまではたかれたり、いやぁ大変だったそうな。仕事もやってはみたけども、下手だし長続きしないしで、やっぱり袋は何の音もしなかったと。 喜兵衛、ある夜お月さんの見てる川原でおいおい泣き出した。腹減ったよう。こんなことなら田んぼ仕事をやってるほうがずぅっとましじゃ。まん丸お月さんの中に女房が写ってるようにも見えたとな。川原はちべたくてちべたくて、寝られやしなかった。
走っての、喜兵衛は走って家まで帰ったそうな。道でなってた実をもいで食いつないで、大急ぎで走った。村が見えたらば一面青々としていての、垢だらけの顔もほころんだ。 「帰ったど!」 喜兵衛は大声を張り上げた。洗濯物を干していた女房も飛んできて、喜兵衛の帰りを喜んだ。 十何日振りの風呂から出てさっぱりした喜兵衛の前に飯の支度がしてあった。女房一人ではどうにも田んぼも耕しきれないからの、粗末な食事だった。白飯に梅干がちょんと乗っているだけ。味噌汁の具も大根しかなかったと。しかし茶碗と箸はのっぺりした真っ黒で、部屋はほんのり薄暗くて、ゆらゆら上る湯気がどんな飯よりも美味そうに見えた。 求めていたものとはこれだった。 喜兵衛は肩を震わせ茶碗を両手で捧げた。 「いただきます」
しばらく後、その国は旗に米と梅干を描くようになったそうな。
喜兵衛はどうしたかって?それからはすっかり心を入れ替えて、村一番の働き者になったということじゃ。
おや、寝入ったみたいだね。熱も少し下がったかいの?どれ、手ぬぐいを替えてこようか。
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7月8日(水)23:49 | コメント(0) | 書き散らし | 管理
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