| 夏色の嘘 |
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| 氷がカランと音を立てた。汗をかいた琥珀色が眩しくて、風鈴が情緒深く揺れた。だんだんと大きくなるセミの鳴き声が運んできた生ぬるい風が、微かな塩素の匂いをもたらす。むっとした空気がのしかかってくる。一人分の溜め息。 気付かないうちに傷み始める夏みかん。
夏至も梅雨も大分通り越していた。打ち水の撒かれた道を行きながら、夏みかんを2つ、交互に宙に投げては取ることを繰り返す。酸っぱくなるよ。その声に、途端に唾液腺がぐぐと痛くなった。汗もかかずに、両手にぎっしりと夏みかんをぶら下げて、エイコさんはしっとりと笑っていた。
うまくめくれずにちぎれるばかりの夏みかんに飽きて、べたべたな手のまま畳に寝転んだ。張り付いた前髪の少し先、ぶらぶらと下がる提灯が面白かった。 簾を直すエイコさんの姿に母を重ねていたのか。だらしなく口を開けて、きれいに並べられた甘酸っぱいかけらを待った。仰向けで貪食していると、口角から果汁が零れた。体を少し屈めたエイコさんの、腹の指がそれをすくう。 「 」
私はその指先の意味を知らなかった。
陽炎のような記憶の中に、鮮やかな夏みかんだけがくっきりと形を成す。だけど、唾液腺は凝り固まっていて、私の体重は落ちて、爪に挟まった白皮から漂う香りさえも分からなくて、そんな言葉の群れに、ぐずぐずと述語は固まらなかった。
静かに肯くエイコさんの動作を、続きを促されているかのように感じてしまった。際限なく、リユウを並べ立てた。刺された肘のかゆみなど忘れていた。いつの間にか私は立ち上がっていて、そして一度付いた導火線は止まらなかった。いつも極端に口数が少ないと言われてきた。オレンジを搾るように、溜まっていたものを全部出すことで、「自分が」楽になりたかった。別に誰でもよかった。 「だから、」 強い語調で吐き出した接続詞を、エイコさんはそっと制した。
遠雷が呼んでいるのは、夕立ち?それとも、私? 本当はみんな言い訳なんだって知っていた。冷凍庫のみぞれをいくつもいくつも食べ続ける。追いかけるようなアブラゼミの鳴き声を背景に、ひたすら、ひたすら。夏みかんを買いに行かなくちゃ。しゃくしゃくしゃく。何のためにでもなく食べなくちゃ。しゃくしゃくしゃく、しゃく。何も思ってない、何も思ってない。しゃく。しゃくしゃく、きいん!痛さで涙が出るまで流し込んだ。みぞれって甘くないんだっけ? 倒れて少し高くなった天井をあの日と同じように、大の字になって眺めていた。 ぐるぐると回っているのは視界か、思考か。
―嘘よ。…ちょっとだけ。―
最後の一言と、うまく立ち消えてくれない無色の笑顔を、そっと引っ張り出してみる。
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7月9日(木)00:00 | コメント(0) | 書き散らし | 管理
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