| 東京ホタル |
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| 住所の書かれた紙を持ち、ぼんやりと立っていた。信号の真下で、幾たびも過ぎて行く車の群れを眺めていた。長い坂のふもとにいるような、溜め息をつきたい疲労感が重い。お困りですか。声に振り向いたとき、もう一度信号は青になった。 なぁに、話していればたいした距離ではありませんよ。メモを覗き、ホタルさんはふわりと羽を広げた。消え入りそうな羽音が無機質な道をすり抜ける。慌てて鞄を掴み、僕は彼を追った。
「ホタルさんは、」 言いかけると、私は渡辺です。ホタルで、渡辺です。テンポの変わらない言葉が返ってきた。 僕は続きを言いあぐねたまま、額をこすった。さ、林さん。もうじきですよ。ホタルさん――渡辺さんは右に曲がった。
上手な絵ですね。差し出した千円札に疑問符を点滅させつつ、彼は指に止まった。 自分がとても恥ずかしかった。指が冷えるのを感じながら、ジーンズにぐしゃりと押し込む。そして、あっ。喉でも渇きませんか。渡辺さんの返事も待たず、急いでコンビニに飛び込んだ。 果汁5%未満は甘ったるくて、風はぬるかった。
「本当は僕の名前はハヤシではないんです」 言ってから間があった。しまったと思った。妙に喉が渇く。途端に向こうの、相手のいないざわめきが耳に入ってくる。 しまった。しまった。しまった。
東京はやさしいですよ。我に返ると手の甲に渡辺さんが座っていた。目が合うと立ち上がり、炭坑節を踊り始めた。黙って見ていたけれども、その内に堪えきれなくなって笑ってしまう。東京音頭も混じってませんか。あぁ、でも。瞼が痛いのは飲んだものがすっぱかったからだ。 あぁ。 光は溢れるほどでなくていい。
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7月9日(木)00:03 | コメント(0) | 書き散らし | 管理
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