まっすぐ |
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| 真っ白な平っぺたい壁は、遠近感をおかしくさせる。3階の窓があまりにも空を切り取るものだから、僕は誰にも気づかれないように紙飛行機を投げて、その存在を確かめている。紙飛行機は、いつも離陸と同時に墜落してしまうけれど。 「腕をまっすぐにして、そっと投げるんだよ」 扉にはまだ10歳位の細っこい子供が立っていた。どうしようもなく恥ずかしいのと、ばつが悪いのとで、僕は「ふへ」としか声が出なかった。 「見本を見せてやる」 そいつは部屋に入ってくると、素早く紙飛行機を折って、僕よりもずっと綺麗に飛ばしてみせた。そして紙飛行機が壁にとん、と当たって無事着陸すると、勝ち誇った笑顔で僕を見上げた。 名も知らない子供は、それから毎日のようにやってきた。名前を教えろといっても言わないので仕方が無い。いつも違うワザを伝授しては帰っていく。随分顔色が悪いときも、生意気な口だけは減らなかった。
「オレ、飛行機乗りてえなぁ」 コックピット部分を直しながらそいつは言う。 「僕もまだないや。ココを出たら乗ろうよ」 「あはは、お前と一緒は嫌だ」 笑いながら指先を離す。 次の日から、小さい友達は来なくなった。
どんなに待ってもあいつは来ない。梅雨明けしても、僕の手術が終わっても来ない。嫌な考えばかりが巡る。こんなに紙飛行機を作ってしまったのに。まだ教えてもらってない事、あるだろ。物音がして、期待と一緒に振り返る。 「あの…翔と仲良くしてくださった方でしょうか」 あいつの、翔の母親だった。
僕は袋いっぱいの紙飛行機を窓から放った。風に吹かれ、夕日に照らされ、右に流れていく。最後に手にしたのは、白い小さな紙飛行機。 ―腕をまっすぐにして、そっと投げる― ゆっくりと、相変わらず頼りなげだけど、それは翔を乗せて前へと翔んだ。
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7月8日(水)23:31 | トラックバック(0) | コメント(0) | 書き散らし | 管理
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