人影 |
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| 信号待ちをしながら、ふと目をやると、影の右足の部分がひら、ぺろんと取れかかっていた。野良猫が爪でひっかき、影はくすぐったそうに身をよじらせた。
家に帰ってきて、父さんの工具箱を探した。ぼくが踵と踵をアロンアロファでくっつけている間も、日めくりカレンダーを3日後にしたり、読みかけの本の栞を抜き取ってしまったり、ちっとも落ち着かない。 影はやっぱりぼくと似ていて、冷蔵庫を開けっ放しにして涼んだり、意味も無くTVをつけたりするのが好きみたいだ。あんまりぐいぐい引っ張るから、踏んづけてやろうとしたら、僕の足を踏みつけてしまった。お尻をしたたかに打ったぼくの左で、影はゆらゆら揺れて笑っていた。
今日は面倒くさいからもう出かけたくはなかったけど、買い物当番になっていたから、しょうがなくパーカーを羽織った。 僕は八百屋で立ち止まり、コンビニで立ち読みをする。その間にも影は伸びて縮んで、薄くなって濃くなって。目を放した隙に、左手をお菓子に伸ばしていたりするものだから、慌てて棚にしがみつかなきゃいけなかった。さすがに、車道に飛び出て轢かれそうになったときは思いっきり僕の足元に縮こまっていたけど。
買い物を終える頃には、夕暮れになっていた。 母さんはまだ帰ってないだろうなあ。タバコ屋の角で、誰もいないのを確かめてから、頭をめくってやった。少しだけ厚みと熱があった。指にススみたいなものがついた。 それからぼくらは買ったばかりの卵を投げっこした。影は自分の体を自在に使うから、ちっとも当たらない。僕のほうはベトベトだ。あっ、後ろを指差し、振り向いた瞬間、裏側に当ててやった。
すっかり暗くなった道を歩いていると、ぼくの体は影ごとすっぽりマンションの影に入ってしまった。いけない、と思って急いで確認したけど、もう靴底にはススしかなかった。 ぐるっと周りを見渡すと、電柱のところにソイツは立っていた。電柱をつかってびよーんと大きくなって、つま先から頭までぷるっと震わせてから、一回転した後、ぼくに手を振って坂をものすごい勢いで登りはじめた。
バイバイ、バイバイ。
卵の汚れがついた影はそのまま走り続けて、坂のてっぺん辺りでこけた。
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7月8日(水)23:39 | トラックバック(0) | コメント(0) | 書き散らし | 管理
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