ラジ観察日記
 
かたじけないのかたじけってなんだろう。そんなファーデルさんもびっくりの観察記。いい天気。リンクフリーです☆
 



ガムシロップ

 多分、そうだ、この前の話が理由だったのではないのだ。
 1つ。
 私は、何かしらの選択肢から選んできた。今日はお肉もいいけど𩸽にしよう。ジャネット・ウィンターソンを持ってお風呂に入って、気が向いたからアロマでもしよう。
 歓喜した。歓喜することは残酷だった。私にはあなたの考えていることが分からない。それだけが私の輪郭をかろうじて浮かび上がらせている。あなたを好むにはあなたを厭わなければいけない。私の皮膚に、心臓に、心臓の奥のすべてにあなたが住まうのを私は拒絶しなければならない。あなたを全て受け入れる。あなたの考えを吸収しつくして、同じ色を見て同じところに怪我をして、あなたと同一になる。ないようであるものと、あるようで見えないものの間には、からくり時計のような仕掛けが紛れ込んでいる、のだろうか。BGMは突然ぶつりと途切れるから、ようやくそこで、私は音楽が鳴り渡っていたことを知るのだ。
 いや、知らなかったのではないだろう。知っていた。気づいていた。私がそれを選ばなかったというだけだ。バイオリンの音がしないように、聴覚を私自らが消極的に選択していた。あなたが悲しそうだと私は思う。しかしそれはあなたの感謝の気持ちの表れであったと、あなた自身は言った。あなたが悲嘆のうちにあると思っていたのは私ばかりで、そうして多少なりあなたが頬を上気させたことの意味を、私は理解できない。そこに私は在る。あんなにあなたと千切れようとしていたのに、どうだ。あなたが私の心を占めないことで私はやっとほんの僅か、あなたでないことに思い当たる。
 2つ。
 私は一個として数えられたい。たとえコップに戯れる水の、一滴に埋もれるままであっても、私は水素と酸素の手を断ち切りたくない。私の瓦解は水という名の世界の瓦解だ。私は不自由としてのあなたを失って、自由を失った。食べたいものは知っているものの中から。読みたいものはアルバニア語ではないし、ひよこ鑑定士にならなかった。姫野カオルコは手にとっても、1000円足らずのカルダモンで満足する。それは私の前に厳然と用意された籤のようなもので、何一つ一人で掴み得たものなどなかったと知る。箱をまさぐっていかにも恭しく取り出しても、初めからスタートにも立っていなかった。ピラミッドを創り上げるように、少しずつ下からちぎり取ってきたに過ぎない。なんと息苦しい選択肢だったろう。
 無味無臭の優しさはあなたを、何も証明してはくれない。
 3つ。
 ふと、修学旅行で訪れた沖縄の防空壕を思い出す。暗闇という言葉があまりにも陳腐な、あの空間。あれは黒色と、呼ぶのだろうか。腕を伸ばしても、目を閉じても、澱みのないままで、動かしているのかどうかさえ自覚できない。じっと湯船に浸かっていれば、熱いことにも慣れるだろう。色さえも知らない私は、存在しているのだろうか。ご老人の合図で一斉に目の奥に刺さった懐中電灯の明かりが、ようやく私を捕まえてくれた。友達がほっとした表情を浮かべていたので、照らしかけたライトを歩くふりをして下げた。自分もほっとしていた。
 きっかけだったのか。素晴らしい世界だ。模倣さえすれば綺麗な円の中を泳いでいける。栞を挟んだまま、ラストを知らない本だけが次々と積まれる。読んだと言えるだろうか。いつだって私たちは、あらすじを聞き齧ることしかできないのだ。
 アイスコーヒーにはガムシロップを一つでしょう? 淹れる度に思い出す。あなたが覚えていないところで、あなたがいる。ついついついとコップの皮膚を辿って、汗がコースターを這う。
 4つ目がぐるりと回る。甘さが喉に引っかかって、二度むせた。



5月3日(月)08:43 | トラックバック(1) | コメント(0) | 書き散らし | 管理

コメントを書く
題 名
内 容
投稿者
URL
メール
添付画像
オプション
スマイル文字の自動変換
プレビュー

確認コード    
画像と同じ内容を半角英数字で入力してください。
読みにくい場合はページをリロードしてください。
         
コメントはありません。


(1/1ページ)